ハッピーバースデー…そして

彼女と出会ったのは今から8年前。

桜舞う季節—

 

 

 

※推奨BGM

 

 

「先輩!今日からよろしくお願いします」

 

初々しいスーツに慣れないヒール。

緊張で頬を赤く染めながら挨拶する彼女の姿を、昨日のことのように覚えている。

 

 

 

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彼女の名前はジュンコ。

 

屈託のない笑顔と、人見知りしない性格。

そんな誰からも愛されるキャラクターで、彼女はたちまち会社の人気者となった。

 

 

周りには常に人が溢れ、シャイな俺はその光景を遠巻きに見ることしかできなかった。

そんな俺に対しても、気づくと細い目で微笑んでくれた。

 

会話なんて仕事の話題か、他愛もない挨拶程度。

それでも彼女とのわずかな時間を待ちわび、その笑顔が見ることが自分の中での日課になっていった。

 

 

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彼女の入社から半年後―

 

会社の忘年会からの帰り道。

「先輩!二次会行かないんですか?」

どこまでも通る大きな声で彼女に呼び止められた。

 

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「あ、うん。今日はちょっとな」

「えー。先輩と飲みたかったなー」

「ごめんな」

「先輩がいないなら…私も帰るぅ」

「お、おい…。お前が行かないと…みんな待っているんじゃないか?」

「いいんですぅ。一緒に帰りましょう!」

「…ったく(苦笑)」

 

 

帰りのバスを待つまでのわずかな時間。

止まらない二人の会話に、この時間が永遠に続けばいいと思った。

 

 

だがそんな思いが叶うはずもない。

彼女を連れ去るバスが無情にもやってきた。

扉が閉まろうかというとき、振り向いた彼女が俺に向けて叫ぶ。

 

「先輩のこと…明日から『ひぐっちゃん』って呼んでいいですか!」

「え!?」

「呼ぶからねー!」

 

俺の返事を待つ間でもなく、彼女を乗せたバスは煌めく街に消えていった。

 

 

 

 

 

4年後―

彼女は東京支店に異動になることが決まった。

 

異動を数日後に控えた、ある日。

俺のデスクの内線が鳴った。

 

「…ひぐっちゃん」

彼女からだった。

 

「お、おう…。どうしたんだよ?いつもなら直接話しかけに来るのに内線なんて」

「夢を見たんだ」

「夢?」

「私がひぐっちゃんに告白する夢」

 

入社からの数年で、口には出さずともお互いの気持ちには薄々気付いていた。

それなのに、この先輩と後輩という居心地のいい関係が壊れるのが怖くて、何も言い出せない自分がいた。

 

「私がひぐっちゃんに告白する夢」

それは彼女の心からの叫びのような気がして、ギュッと胸を締め付けられようだった。

 

「俺は…」

臆病な俺にはそれ以上の言葉が続かない。

 

長い沈黙。

 

「東京でも…頑張れよな。いつでも会いに行くからさ」

やっと口から出てきた言葉はそれだけだった。

 

 

「…うん」

受話器の向こう、聞こえてきたのはか細い涙声だった。

 

 

 

 

2016年11月8日

 

彼女に内緒で東京に来ていた俺は、夕暮れの雑踏を歩いていた。

 

 

「驚くかな、あいつ…」

コートのポケットに入れたプレゼントを何度も確かめる。

この日は彼女の30歳の誕生日。

 

 

これを渡して、自分の想いの全てを伝えよう。

今まで待たせたことを謝ろう。

はやる気持ちが俺を足早にさせていた。

 

 

 

たどり着いた彼女の部屋、扉を開けた俺の目に飛び込んで来たのは—

 

 

 

 

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そこにいたのはジュンコ…そして東京支店の遼。

 

「え!ひぐっちゃん!?」

 

「ジュンコ…遼…」

 

おそろいのペアルックに身を包む二人。

すべてを悟った俺は、手に持ったプレゼントをそっとコートのポケットに隠した。

 

ジュンコの細い瞳は涙でみるみるいっぱいになっていく。

「…ごめん…ひぐっちゃん…ごめん…」

 

 

「謝らないでジュンコ。悪いのは君じゃない…」

 

そう、辛い思いのまま待たせていたのは俺だ。

淋しさに負けた彼女を責めることなんてできない。

 

そして、もう彼女の涙を止める資格すらない。

肩を震わす彼女の隣で、そっと肩を抱いているのは遼なのだから。

 

「ヒグチさん…俺、ジュンコのこと必ず幸せにしますから…」

遼は俺の目を見てはっきりと言った。

 

「(いや、お前…新婚だろ)」

俺はその言葉をグッと飲み込んで言った。

「ジュンコのことを頼むな」

 

 

遼は小さく頷いた。

 

 

「ハッピーバースデー、ジュンコ…そしてサヨナラ」

それだけ告げると、俺は静かに部屋を出た。

 

 

 

 

 

気の早い商店街はもうクリスマスの準備を始めていた。

賑わう街の中で、渡せなかったプレゼントを握りしめながら立ち尽くす俺。

 

彼女の前では我慢していた涙が止めどなく溢れてきた。

 

 

 

 

「俺もRebornしなきゃな…」

 

夜空に向かってつぶやくと、俺は一人歩き出した。

 

 

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